ザ本ブログ

読書をメインに。他、雑記などをアップしていきます。

フォレスト・ガンプ 一期一会 / トムハンクス主演

軽度の知的障害者の人生を描いたストーリー。

主人公ガンプの成功譚というよりかは、淡々と人生を追った内容。ガンプがバス停のベンチに座って、バスの利用者に次々と勝手に自分語りをする場面から始まります。そしてそれで終わります(まぁ相手は迷惑です笑)。その自分語りの回想シーンが、本作の内容となります。

 

ガンプはIQが80程度と境界域の知的障害者です。日常生活を送る分には支障ありませんが、勉強や一般的な事務仕事を他者と同じように行うことには難があるレベルです。

母は学校には障害者学級を進められましたが、ガンプを普通学級に入れます。

学校ではいじめを受けてしまうガンプでしたが、走ることが得意と自覚してからはラグビー部で活躍。そして、成長してベトナム戦争にいくために軍隊に入隊すると、彼の人生は加速しました。

軍隊の単調な作業を丁寧に迅速に行う教練は彼の資質にマッチし、優秀な成績を修めます。仲間を救って英雄となり、除隊後、エビ漁の会社を立ち上げては、実業家としても成功しました。

全てにおいて、順風満帆かに見えた彼の人生ですが、たった一つ、幼馴染との恋だけは成就することがありませんでした。

 

自分がこの映画から得た教訓。

障害を持つ方の可能性。勤勉・実直が成功への近道。しかし、名誉や経済的成功は本当に幸せに直結するのか。一途は美徳、ただしリスクでもある。幸せを感じる条件は、それを幸せと感じる心か。笑顔がほとんどなかったガンプの不幸は、さまざまな感情が欠けていたこと(傍からはそう見えるだけ?)だったのか。

 

いずれにせよ、ガンプが彼を取り巻く多くの人に、幸せを与えたのは間違いない。

映画『ゴースト/ニューヨークの幻』は、映画に必要な全ての要素が詰まっていた

今更ながら、初めて映画『ゴースト/ニューヨークの幻』を観ました。

古典的名作らしいので、いずれは見なきゃなとは思っていたんですが。

なんか、久々に心が洗われた気がします。

恋愛、サスペンス、アクション、コメディ、全ての要素が詰まったヒューマンドラマ。

あとね、若かりしデミ・ムーアが超可愛い。この時代ってショートカットって一般的だったのかな。とにかく可憐。美しい。

 

内容は陳腐なもの。事件に巻き込まれ殺されしまったサム・ウィート(パトリック・スウェイジ)が、幽霊となって、恋人のモリー・ジェンセン(デミ・ムーア)に迫る危険をなんとか助けようとするもの。

この作品から、幽霊となっても恋人を守るというシチュエーションが大いに流行ったようです。確かに、初見でこの設定の作品を観たら、度肝を抜かれるでしょうね。

 

この時代だからこその、洗練されてないCGが良い。映像をいじれる部分が少ないことが、かえって俳優たちの演技を引き出すことになる気がする。

幽霊になったサムの、生前できたことができないもどかしさがいいですね。なんでもできたら、ただの無敵のチートキャラになってしまうから。

後半、物体に触れることができるようになってからの、スカッと感もいいです。インチキ霊媒師オダ=メイ・ブラウン(ウーピー・ゴールドバーグ)との掛け合いも好き。オダ=メイの存在で、グロくなりがちな主題の映画が、エンタメ作品として楽しめるものとなった。

 

筆談でもなんでもできそうなのに、一ペンスをお守りと言って渡すシーンがいい。

単純に言葉が伝わらないからではなく、過剰に言葉だけで表現することを避けた演出がいい。オダ=メイの身体を借りても、ほとんどしゃべらなかったですもんね。

冒頭ではモリーは言葉を欲しがっていたのに・・笑。

海とヤクとゲイ / ムーンライト(映画) Moonlight

2016年の作品ですかね。アカデミー賞やら、ゴールデングローブ賞やら色々と受賞しているようです。
同時期の、ララランドに比べたら、大分地味な印象を受けますよね。ララランド、大好きです笑。


コミュ障でゲイで母親が薬物中毒の黒人少年の成長譚・・、と言いたいところですが、巷ではあまり成長してねぇ、と言われてるようだ笑。これも一種の成長かなと、自分的には思うんですが。
ゲイの黒人が主人公ってのが、一つ作品の目立つ点ではあるけど、白人と対比されて黒人が差別されてるって描写も特に見当たらないので、そこはメインテーマではないのかもしれない。黒人の方が、貧しい可能性が高い
ってのはあるでしょうが。
分かりやすい教訓がある作品ではないのかも知れない。何を考えさせられるのか、中々理解が難しい作品。


3パートに分かれており、繰り返される主題に<海>があるようだ。
第一パートでは母性、第二パートでは性愛、第三パートは原点回帰であろうか。解釈は様々あるようですが。

 

この作品の特異な点は、それぞれのパートの間に、主人公・シャロンにとって重大な出来事があったはずなのにそこが徹底的に省かれているところです。


第二パートでは、小さな少年だった主人公が、高校生になってます。相変わらずコミュ障でひょろ長くて、視聴者としても「あぁ・・やっぱり」みたいな笑。悪い意味で期待を裏切らない。
しかし第一パートで、父親のような存在だったフアンが亡くなっているんですね。そこが省かれている。


第三パートでは、シャロン少年、いきなりガチムチになっています。しばらく誰だろうと思って見てた笑。
しかもヤクの売人になって、組織でのし上がってたんですね。ヤク漬けの母に、散々な目に合わせられたのに、なぜって感じですが。ヤクの売人ながら、父親のような存在だったフアンに憧れて、どこか間違っているのかと思いながらもある意味で結果を出したのだから、社会的にどうなのかは置いといて、これも一種の成長かなと自分は思ったのですが。


しかし、料理人として貧しいながらも充実した生活を送るケヴィンに再会し、彼は自身がいびつな成長を遂げてしまったと思ったのかも知れない。ここでも二パートの最後に傷害事件を起こした結果、刑務所に入ることになるのだが、ムショ内のエピソードがごっそり省かれてます。


視聴者は、各パート間でシャロンにあったであろうことを、想像するしかないんですよね。


ラストシーンで、シャロンは少年の姿になって、海に向き合っています。自分は何を求めていたのか、どうありたかったのか。傍らで、常に変わらずにあり続け、命の原点でもある海を見つめ、自分の原点(少年時代)を見つめなおすことを促す描写なのか。


シャロンのその後も、視聴者の想像に任されたまま、幕を引くのです。

サマーウォーズ / 細田守

以前観たことはあったのですが、内容をすっかり忘れておりまして。

久々に観たのですが、やはりすこぶる面白いですね!

家族で観れる名作。

 

本作で印象的なのは、

1.アナログとデジタルの対比

2.古き良き日本と、現代の対比

ですかね。

 

アナログと昔の象徴としては、陣内家一族の団らん及び和風家屋と庭園、何より栄おばあちゃん。

デジタルと現代の象徴は、OZとそれに関わる事件。主人公・健二やその友達の家庭環境ですかね。侘助の仕事とかも。

 

たぶん毎年夏?に放送しているのも、現代日本人の縁側での大人数での団らんへの憧憬みたいなものがあるんでしょうな。なぜか郷愁を誘うみたいな。今、ああした経験がある人ってほとんどいないんじゃないですか?ほぼファンタジー。

 

でも大家族での団らんを自慢する人って聞いたことないんです。そうした環境がある人でも。どちらかといえば、親戚の窮屈な関係が煩わしいというか。顔合わせりゃ、結婚まだなの?みたいな。

結局残れない事象にはそれなりの理由があるんですね。そういう生活もあるんだなあと、作品の中で楽しむくらいがいいのかも知れない。

 

まあ大衆向け創作アニメなので、あまりケチ付けてもしょうがないのは分かってるけど、ろくすっぽ理由も聞かないで、いきなり侘助に薙刀で切りかかる栄おばあちゃんには違和感ありますね笑。完全に殺しに来てたし。

旦那の昔のご威光を利用して、業界人に電話かけまくるのもいかがなものかと。それがどれだけ事態の収束に貢献したかも不明だし。一人の人間に、影一つなく尊敬が集まりまくるのは、あまり好きではないのです。

でもリアリティ出しすぎると、家族向けじゃなくなってしまうから、やっぱりサマーウォーズはこれでいいんですな笑。

 

 

グース( Fly Away Home) / 監督:キャロル・バラード

子どもと動物の映画って、まぁほんわかまとまっちゃうよねって感じがありますが、本作は中々どうして。
家族で安心して見られるのはもちろんですが、本格的な空撮映像や演出で、大人も飽きずに見られる作品になっています。
例によって、タイトルとYahoo!の映画評の星の数だけ確認して見始めるので、予備知識はゼロなので、導入部はかなりショッキングでしたね。

 

美しいバラードと、車内で談笑する母子。美しいメロディーが途切れないまま、車内の視点から車が事故に会い横転する様が描かれる。しばらくは折れたワイパーが、虚しく動き続けるだけの映像で、事故の衝撃と余韻を伝える。
この表現はちょっと好きです。子どもの時、雨の日に親の運転する車に乗っている時に、よくワイパーの動きを追っていたなあ、とか。

 

その交通事故で、ニュージーランドで一緒に暮らしていた母とは死別。遠くカナダの離婚していた父親に引き取られるも、長く離れていた父親・トーマスと娘・エイミー。そう上手くいくはずもない。

 

そんな折、エイミーが森からグースの卵を拾って来る。無事ふ化させるも、グースは渡り鳥。いずれは飛び立たねばならない。
しかし、人間に育てられたグースは、飛来地を親鳥に教えてもらうことができない。


トーマスとその友人などの努力や説得によって、親子はグース達を小型プロペラ機で一緒に飛んで、飛来地まで誘導することにした。その過程で、互いに傷付いた親子の絆が再生するってな話です。

 

特筆すべきストーリーではないし、子ども向け映画らしく、それなりに無茶な設定もありますが(飛行届を出さずに飛んで、空軍をスクランブル体制にさせちゃうとかね(現実なら懲役ものかと。本作では無罪放免で、翌日軍港から飛び立ってましたから笑)、映像の美しさが全てを補う。   

 

グースを一緒に飛んでる空撮シーンはどうやって撮ったのかなぁ。CGとは思えないし。
この空撮映像だけでも、見る価値があるかなと。観ている時は、実話を脚色したものか?と思っていたんですが、そうでもないみたい。   
なんかアーティストが、グースと一緒のプロペラ機で飛んでみたことに着想を得て、製作したようですね。