悩まないってことは、人生をただ流してるだけだろ? : 人はなんで生きるか / トルストイ

 誰にでも、生きることとか哲学的な問題に悩んだことってあると思うんですが(ってか全くない人って話がつまらない)、自分にも20代半ばくらいに、そんな時期がありました。その頃は、人からの悩み相談を受けることも多かったような。30歳くらいを境に、とんと来なくなりましたけどね。初めての就職とか、婚活とか、とにかく初の自立でみな不安定になるのでしょう。

 

 自分は就職したものの、2年たたずに辞めてしまい、実家に戻ってぶらぶらしてました。飯は食わせてくれるので、切迫感はないが、性格上焦燥感もはないけど、なんか悶々してましたね。その頃はたまに友達と飲む以外は、部屋に籠って、宗教書とか哲学書などを読みふけってました。いいご身分だ。

 

 “なぜ生きるのか?”などと大層な命題の答えに、本を読むだけで、到達できるはずもない。答えは一人一人違うかも知れないし、そんなものはないかも知れない。仮にあったとしても、それは行動や体感を伴うもののはずだ。

 

 そんな時、たまたまトルストイの、『人はなんで生きるか』を読んだのです。タイトルに惹かれたわけでもなく、薄くて持ち運びやすそうだとの理由で、何となく読み始めました。表題作を、それほどの感慨もなく読み終え、家のトイレに入っている時にふと、《人は人のために生きる》というフレーズが、頭に浮かびました。

 

 それを宗教的体験と呼ぶのが相応しいかは分かりませんが(今日に至るまで自分は無宗教ですし)、その瞬間、「あ、これでいいじゃん」と思い、それまで思い煩ってた小さな悩みや疑問が、氷解してしまったのです。以降10年以上経ちますが、これと言って悩んだことがありません。迷ったら、人のためになる方、あるいは人が楽しんでくれる方を、選べばいいのですから。

 

 もちろん、何が人のためになるかも、考え方一つで変わってしまいます。経験不足により、独善的になってしまうこともあるでしょう。しかし、間違えたと思ったら、直せばいいのです。大事なのは、その時その時、何が人ためになるかを問い続ける心なのです。