ザ本ブログ

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華氏451度 / レイ・ブラッドベリ

 50年以上前の作品なのに、現代への先見性とアイロニーが凄すぎる作品。現在の状況への萌芽が、半世紀前に既にあったのだろうか。


 主人公の職業は昇火士であり、書物を焼くことを仕事としている。本を所持していると通報があればその家に赴き、火炎放射器で家ごと焼き払うのだ。住人が抵抗すれば、本人すら焼き殺すことも。
 風変りな少女との出会いがきっかけで、主人公は自分の仕事に疑問を抱き始める。妻との乾いた関係にも・・。たまたま入手した本を自宅に隠し持った頃から、彼は今まで通りの心持ちでは働けなくなる。ほどなくして上司や同僚に疑念を持たれ、ある事件をきっかけに追われる身となる。逃亡の果てに、彼が遭遇した人物たちとは―。
 

 こんなあらすじです。主人公の心情の変化や逃亡劇も目を引きますが、時代背景の先取り感が何より秀逸。主人公の妻は、リビングのスクリーンに写った友人達と、終始おしゃべりをしていて、夜は睡眠薬に頼り切り。若者たちはスポーツや、車を猛スピードで突っ走らせることにしか興味がない。
 どうでしょうか。スマホやパソコンばかり見つめて、SNSで目の前にいない人と常時連絡を取り合い、飛行機や新幹線で空間をすっ飛ばして移動する。ファーストフードを食べて、サプリで栄養を補う。テレビでは、スポーツニュースを、政治や国際情勢よりも、さも大事なことのように取り扱う。まさしく現代人じゃないですか。

 

 華氏451度の世界は、これを国策として行っています。本を読み知識を付けたり、何もない時間があると、人は思索し、政府や消費社会に問題意識を持ち始めるので、あらゆる時間を空虚な娯楽で埋め尽くそうとするのです。
 結果として、すぐそこまで迫る政治的な危機に誰も気づくことなく、戦火の火蓋が切られます。爆撃に巻き込まれる寸前まで人々は娯楽の消費に忙殺され、避難もままなりません。追われる身であった主人公は、それが故に都心を離れており、どうにか生き延びます。爆撃の衝撃も冷め切らぬなか、誰かが焚火を焚いて料理を始めます。わずかな食糧を分け合い、凍えた身体を火の温もりで温める。
 

 華氏451度。それは本が燃える温度。同時に人の身体を温め、命を繋ぐ温度でもあるのだ。