ザ本ブログ

読書をメインに。他、雑記などをアップしていきます。

17人のわたし / リチャード•ベア

 一人の精神科医が虐待などで17の人格に分かれてしまった多重人格の女性を、18年かけて治療•統合していく実話。消えるのを怖れる人格達を理解し、納得してもらおうとするやり取りが、とても温かい。彼女の自殺を何度も食い止め、最後には治療費の請求も止めて、医師と患者の枠を超えた信頼関係を結ぶ過程は、どんな甘やかな物語より愛に溢れていた。

 人格達の記憶や能力を融合していく様は、常人には想像が付かない。最初の統合の描写が圧巻だ。消える人格は周囲に星が流れ、自分の存在が薄まっていくのを感じると話した。精神の消失、即ち‘死’を生きながらにして体験する••どんな感覚なのだろう?

 もう一つの観点。人格達はそれぞれの交友関係を築いていた。多重と言っても、元は一人の人間の断片。人間としての深みには欠ける。それでも周囲に気付く者は皆無だったという。このことは、やはり人は他者の一面しか見れないことを示している。だから人に理解してもらえないのは当たり前。もし一瞬でも互いに理解しあえている、と感じたらそれは本当に奇跡なんだと思う。

 凄惨に荒らされた自分の内面世界に向き合い、これを克服しようとする彼女の強さは、どんな逆境にいる人も勇気付けるだろう。医師(著者)が最後に述べている。「彼女は途轍もない人間だ」、と。

 

ことり / 小川 洋子

最近季節を感じていますか?気温だけじゃなくて、道端の草花や生き物の移ろいを通して。通勤の足を、ちょっとだけ止めてみよう。

 

誰にでも、小さなものに目を奪われる時期や瞬間って、あると思うんです。

 

小さな頃に虫を観察したり、道端の花や鳥にふと気付いたり。 

 

ただいつしか小さなものは目に入らなくなり、自分の人生に関係のないものとして切り捨てられていく気がします。

 

主人公の男性は、幼少の頃より小鳥に心奪われ、小鳥と時折触れ合うだけの、慎ましい人生を送っていきます。

とある洋館の管理人を生業とし、障がいを持つ弟の世話をし、古びた家で生活を営む。

その生涯に奇跡らしい奇跡は一つも起こりません。そして誰に看取られることもなく、古びた家で亡くなっているのを死後しばらくして見付けられます。

 

誰に勝たなくてもいい、ささやかでも小さな幸せを噛み締めていけばいいんだ。と、言うようなありふれたメッセージが込められているとは思いません。

 

作中の男性のように、ただただ小さなものに目を向けていく。そんな不思議な読後感のある文章です。 

余命10年 / 小坂 流加 【2018/3/7追記】

この本の著者は、もうこの世にいません。あなたは余命を宣告されたら、何を考え、どのような行動を取ろうと思いますか?
 
病気をテーマにした作品は数多くあります。
 
しかし、余命10年を宣告されたのが二十歳の女性で、しかも当の著者本人が本の刊行を待つことなく、すでに亡くなられていることを知ると、本著への感情移入度は否応なく増します。
 
明日死ぬと知れば、今日を全力で生き抜けるかと言えば、中々そうはいきませんよね。一日でやり遂げられることなど、ほとんどないのだから(せいぜいお世話になった人への挨拶くらいでしょうか)。
 
それが残り一年だったら?十年だったら?
やはり途方に暮れると思うんですよ。
全力で駆け抜けるには長過ぎて、何かを始めるにもどこまでできるか検討もつかない。死はいきなり訪れるのではなく、緩慢に身体を蝕んでいく。
 
ましてや二十歳の女性。周囲は就職や恋愛・結婚、出産と人生のイベントを謳歌するのに、自分はよしんば始めたとしても、程なくして終わりを向かえてしまう。それが相手を伴うものならば、一層始めることを躊躇してしまう。
 
そんな葛藤の中、彼女が“始めて”しまった恋愛。
自分で変えることができないリミットを課された恋路に、彼女はどう向き合うのか。そして相手に“真実”を告げるのか。告げるならばどのように?
 
死の準備をするには若すぎる、彼女の周囲への嫉妬や苛立ちの描写がリアルです。自分の嫉妬心に対する自己嫌悪も含めて。著者がどのような病状の時に、どの部分を書いていたかを思うと、胸が痛むばかりです。
 
毎日を全力でとまでは行かないまでも、誰にとっても人生は有限で、終わりはいつ訪れるか分からないことを思い起こさせてくれる良作です。

  

 

小坂流加さんの病名について 【※2018/3/7追記】

小坂流加さんがかかった病名についてですが、作中では明らかにされていません。また、出版社などからも公表された事実もないようです。

同じ病気の方の気持ちを慮ったものかと思いましたが、今では病気のことなど調べたらすぐに分かってしまいますからね。おそらくは作品のストーリーや雰囲気を重視し、学術的な内容に言及するのを避けたのかなと思います。

ただ病気の描写から、下記リンクの医療関係者の方が、指定難病86・肺動脈性肺高血圧症(以前は原発性肺高血圧症)ではないかと指摘しています。

調べると、本当に大変な病気のようでした…。心身の苦しい状態で、このような作品を紡ぎあげたことに、作者に改めて敬服し、またご冥福をお祈りいたします。そしてこうした難病が、今後解明され治療が可能になるのを願うばかりです。

 

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住野よる『君の膵臓がたべたい』の書評は下記リンクから↓

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