ザ本ブログ

読書をメインに。他、雑記などをアップしていきます。

死体鑑定医の告白 /  上野 正彦

長年司法解剖を行ってきた死体監察医が、いくつかの事例を踏まえて、その仕事の内情を著した著作。

 

語り口は淡々としており、努めて冷静に、丁寧に一つ一つの事案について解説しようとする意志が伺えます。分かりやすく記述されており、文字数も詰まってないので、とても読みやすいです。

 

日本に於いては、司法解剖が必要とされる遺体の検死が充分に行えていない現状があります。そのため、死因不明の事案が多数出てしまっている。命を失っただけでも悲劇なのに、その上明確な理由が分からず処理されてしまったら、悲劇の上塗りになってしまいます。ましてや、それが理不尽にも誰かに奪われてしまったものであったら・・・。文字通り浮かばれません。

 

作者はこの現状に警鐘を鳴らし、不正確な死因で処理されるところだった事案を、精密な検証で覆した例などを紹介します。「生者はウソを付くが、遺体はウソを付かない」。身も蓋もないないようですが、それも一つの真実でしょう。

 

このような著作で、監察医の仕事に興味を持つ人が出てきたら、喜ばしいですね。また、警察や弁護士を目指す方には、必読の作品だと思います。

魂でもいいから、そばにいて─3・11後の霊体験を聞く─ / 奥野 修司

霊とか超常現象とか、オカルトものが結構好きです。怖いもの見たさというよりかは、目に見えるものだけでは、世界はつまらないと感じるから。ってか、それだけのハズがないし。

 

何せ宇宙の果ても起源も分からないし、人体の中でも働きの分からない部分は多数ある。不治の病もあれば、意識や魂の存在も未解明。植物の栽培はできるけど、ゼロからは草1本つくれないですもんね。このように、科学はこんなに不完全。

 

その割に、現在はかなりの科学至高主義。再現及び検証可能なものが、科学的と呼べるのですが、何もオカルトじゃなくたって、再現不可能なものは、無数にあります。例えば一人一人の人生とか。人はいつでも、唯一無二を生きている。

 

本作では著者が3.11の震災後の地域を訪ねて、不思議な現象を体験した人から、体験談を収集しています。震災当初より、書籍化される前から、被災地での霊的体験は、気にはなっていました。それがこの度、著者の丁寧な聞き取りにより掘り起こされたので、本作の出版に気付くと即買った次第です。

 

霊的現象が苦手な人には、少し辛い部分はありますが、本作は怖いというよりかは、津波によって大切なものを失った人達が、霊魂との交流によって、幾ばくかの救いを得るエピソードがメインです。それはもの悲しくも温かい、不思議な話ばかりでした。

 

無粋な見方をすると、霊的体験の中には、電気的なものが多かったように思われます。亡くなったお子さんのおもちゃが動いたり。携帯にかけたら、出ないはずの本人が出たり、メールが届いたものもありました。夢枕に立ったり、映像が脳裏に流れ込んだりと、昔ながらの現象もありましたが、人間の思考が電気信号である以上、物理的に存在しないものを、脳に干渉してあるかのように見せることは、あり得るのかなと思いました。

 

阪神大震災に比べて、東日本大震災では、この手の話が多かったと聞きます。柳田国男の‘遠野物語’にもあるように、東北の土地柄やそこに住む人の人柄が、この世ならざるものとの親和性が高いのかも知れません。またまた無粋に表現すれば、土地の磁場が高く、住人たちの電気的なものをキャッチする受容性が高いのかも。

 

このような現象を、ちょっと不思議は話で終わらせてしまうのは、勿体ないような気もします。近しかった誰かを、喪ってもなお、夢にまで見るほど大事に思う感性を、現代都市の人間は持ち続けていることはできているでしょうか。人の死すら目にすることが減った都市部の人間は、本当はそこかしこに満ちている、‘目に見えないもの’への畏敬の念が損なわれてはいないでしょうか。

 

身近なものを、心から大切に思う共同体を保ち続けた東北は、復興の支援を受ける側に留まらず、本来の共同体の在り方を学ぶべき土地なのではないかと、本書の体験談を語った人たちから、受け取った気がします。

 

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17人のわたし / リチャード•ベア

 一人の精神科医が虐待などで17の人格に分かれてしまった多重人格の女性を、18年かけて治療•統合していく実話。消えるのを怖れる人格達を理解し、納得してもらおうとするやり取りが、とても温かい。彼女の自殺を何度も食い止め、最後には治療費の請求も止めて、医師と患者の枠を超えた信頼関係を結ぶ過程は、どんな甘やかな物語より愛に溢れていた。

 人格達の記憶や能力を融合していく様は、常人には想像が付かない。最初の統合の描写が圧巻だ。消える人格は周囲に星が流れ、自分の存在が薄まっていくのを感じると話した。精神の消失、即ち‘死’を生きながらにして体験する••どんな感覚なのだろう?

 もう一つの観点。人格達はそれぞれの交友関係を築いていた。多重と言っても、元は一人の人間の断片。人間としての深みには欠ける。それでも周囲に気付く者は皆無だったという。このことは、やはり人は他者の一面しか見れないことを示している。だから人に理解してもらえないのは当たり前。もし一瞬でも互いに理解しあえている、と感じたらそれは本当に奇跡なんだと思う。

 凄惨に荒らされた自分の内面世界に向き合い、これを克服しようとする彼女の強さは、どんな逆境にいる人も勇気付けるだろう。医師(著者)が最後に述べている。「彼女は途轍もない人間だ」、と。